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人生、即、芸術

生まれて初めての記憶は芸術じゃないだろうか。


絵を描いているか、何かを作っている自分。


何かを創造すること、創り出すことは苦手だ。


ただ、何かを再生するのが得意だった。


そっくりに作ることが得意だった。


父や母が絵を描いていた。父はメニューに描く海老や鯛が得意だった。母は、水墨画、顔色を使った桜、あけび、水芭蕉、ドイツ菖蒲、千両など季節の花々に月の満ち欠けを付け加えて金箔で美しく仕上げていた。


私は彼らの構図と色彩でそっくりなものだけを再生していた。


ただ、そんな自分の技術と芸術の関連性は見えなくて、芸術のことは小学生のうちに忘れた。


中学に入って、クラスメイトがバレー部に入ろうというので友達ほしさに入ったけれど、運動はキライだった。中学3年生で写真部と美術部を兼部したときは満足だった。


高校では、毎日2冊の本を読んでいた。絵にはあまり興味がなかった。興味があるとすれば、絵に表れる後ろの心の動向だけ。だから、心理学の本を端から端まで読んだ。将来、何をするかなんて考えていなかった。ただ、ハッキリしていたのは、曇りの無い美しい人生を送ることだけ。


高校三年生のころは、高校を卒業したらパン屋か懐石料理屋で修行しようと思っていた。だから、勉強は特にしていなかったし、勉強をしろと言われたことは一度もなかったので勉強をしようとすら思わなかった。ある日、母親に「高卒はヤメテ!」と言われて驚いた。『高卒の女』は彼女のコンプレックスだったのだ。


二十歳になったら、結婚して父の家業を継ぐことになっていたので、親友が「短大くらいは一緒がいい。一緒に芸術をやって欲しい」と泣き出した。そのとき思ったことは、「人生は長い。二十歳で結婚したら、60年は旦那と一緒なんだから、最後の二年は親友に尽くすか」そう思って、美大を受けることにした。ただし、デッサンを描き始めたのは高3の夏。試験までに5枚しか描けなかったけれど、見たものを再生するという貧困な才能に恵まれた私は無事、美大に入ることが出来たのである。


TO BE CONTINUED



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プロフィール

fukadamoe

Author:fukadamoe
深田萌絵(41歳)本名 浅田麻衣子
IT企業経営の傍ら、ITビジネスアナリストとして雑誌へ寄稿。

チップソリューション、自動車向けLidar代替ソリューション、3D認識システム、リアルタイムAIソリューション提供。
深田萌絵取材・講演依頼→moe.fukadaあっとまーくyahoo.com
開発・技術相談→infoあっとまーくrevatron.com


美術短大現代絵画科準学士、早稲田大学u政治経済学部国際政治経済学科卒。

TOEIC890、HSK5級、証券外務員一級、内部監査員、陸上特殊無線技士2級、航空特殊無線技士、マイクロソルダリング講習受講(資格未取得)。

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