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40代の抱負続きの続きと北朝鮮のミサイル

40代の抱負の続きです。

中国スパイ事件を暴いてから、周りの人からは思想的に保守的だと思われるようになりました。




私は保守的というよりかは、単なる国益重視なスタンスで女性ですが、女性として仕事をして独立性を保ちたいと思ってるあたり一般的な保守とはまた異なると思います。




或いは、保守的な日本の男性が働いて意見を言う女性を保守と呼んでくれるのは、この国の進歩だとして喜ぶべきでしょうか。





ノンポリだった私を、現在の私のスタンスへと形成したのは、なによりも藤井一良という偽日本人スパイとの出会いが大きかったと思います。




30代後半は中国というか、むしろ台湾スパイと戦ってきたわけですが、40歳直前から台湾マフィアの青幇が北朝鮮に炭素繊維加工機械やら石油やら物資を提供していることが分かり、ここを暴かないとこの国がやばいと気が付きました。





自分の誕生日に際して、中国国家主席次々期後継者と噂されていた楊晶が逮捕され、その翌日に全国人民代表大会で習近平の国家主席の任期が無期限になるよう改憲案が出されました。


同時に、テロで韓国人を殺した北朝鮮代表団を韓国の文大統領が受け入れ、南北の関係も一層深まりました。




朴大統領失脚は米軍のTHAAD配備を決定したためだと思われますが、新大統領の下でそれがどうなるのか、電力消費量が莫大なシステムは無事に運営できるのか懸念事項は尽きません。




昨日は正定事件シンポジウムの司会を行ないました。




事件は、1932年に中国正定市でカトリック神父が9名殺された事件ですが、それを中国は日本人の仕業として宣伝を始めました。



世界大戦中は蒋介石の妻宋美齢がクリスチャンを巻き込む為に世界中を英語でスピーチして周ってました。



誰もが忘れていた正定事件、犯人は分かりませんが手口からして中国人らしき反抗を日本人のせいにして、反日プロパガンダをばら撒いているところを見ると、



中国は習近平帝国を完成させた暁には、北朝鮮を利用して日本を…?という構図が見えてきます。



吉田清治が、クリスチャンやイスラム教徒を日本人が性奴隷にしたと広めてやろうとインタビューで答えていたそうですが、何十億人といる大宗教を中国側に付けておけば、日本が孤立して何が起こっても国際的批判を浴びないという計算をしているように考えられます。



40代は、起業家としてももちろんですが、執筆家として有事を避ける為に言論活動を辞めるわけにはいかないと思います。



世界が落ち着けば、また、本業に集中できるだろうと思います。

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40代の抱負 続き

40代の抱負 続き

 

     エンジニアをもっと雇うこと

エンジニアをもっと雇いたいと願っています。優秀なソフトウェアエンジニアが欲しいです。新しいことを生み出したい、難しい事に挑戦したいエンジニアを探していきます。年齢は関係ないと思っています。年齢によって得意な技術分野が異なるので、色んな年代の方を雇っていきたいと思います。

 

     ビジネスパートナーを増やす

ビジネスパートナーを求めています。業界に詳しい人、交渉能力のある人、事業計画を作れる能力のある人。去年から製品化フェーズでグローバルに展開しようとしていますが、私は視野が狭く確実なことが好きなので、私だけだとビジネスが小さくまとまってしまいそうです。海外で大手からの引き合いもあるのに、海外企業との連携を一人のエンジニアに任せていて、大きくレバレッジが効かせられていない状態です。

多文化共生(別名生き馬の目を抜く?)というグローバル社会で、視野の広い提案ができる人、寛容で器の大きい人を探しています。

 

     視野を広く持つ

そして、自分への課題は『視野を広く持つ』ことだと思います。

国内にとどまっていると、だんだん視野が狭くなってきます。できるだけ視野を広く持って色んな方の立場でモノを考えられるようになりたいと願っています。中国人はニコニコしながらありとあらゆる脱法作戦や違法合法化作戦を取ってきます。「日本の法律が違憲だ~」として法律の無効化運動も彼らの常套手段なのですが、中国で中国人の話を聞いていると、文化的に政府を行政とローカル暴力団で操作してきた歴史があるので、自分にはない発想でしたが、なるほどと勉強になりました。外国人と話していると、モラルの基準のギャップがかなり大きく、それが日本人的にしてやられたと思う要因ですが、被害を防止するためには相手の手口を理解する必要があるので、色んな方と付き合っていこうと思っています。

 

     グローバルビジネスの展開

色んな国の人と接します。アメリカ人、中国人、韓国人、イギリス人、インド人等の様々な人とコラボしてビジネスを展開します。色んなバックグラウンド、宗教、政治思想、歴史認識があり、時には口論になります。国内法、各国の法律、国際法など、「本当にこれがビジネスか?」というくらい政治的だったり、法律にがんじがらめだったり、逆に抜け穴がぽっかり空いていたりします。

そういった難しい課題を乗り越えてビジネスを展開している会社はない訳ではないので、零細企業だからという立場に甘んじて諦めずに努力したいと思います。

 

     筋トレ週2回を目標に

忙しさにかまけて、筋トレを怠ると肩こりや腰痛で余計に費用がかかります。

そして、39歳になって2キロ太ったので服が入らなくなりました。

やはり週に二回は頑張っていきたいです。

 

     英語はTOEFL80%、中国語をHSK6級+ビジネス会話まで

英語はTOEIC890点まで来ました。21歳の時に215点だったことを考えると、あの時悪い点数を取ってショックを受けて良かったなと思います。今年からはTOEFLも受けていこうと思います。そして中国語も暫く休んでいましたが、4月から再開しようと思っています。毎日起きてから、1時間ほどFBを見るのが癖になっています。それを辞めて、勉強の時間に充てたいです。

因みに今朝も1時間ベッドでFB見てましたけどw

 

続く

 まだ続くのかい!

仮想通貨は匿名性を保てない!?

ビットコインを利用して、ダークウェブで取引していた犯罪集団の一味が17カ国に散らばっているにも関わらず36名も逮捕されました。
⬇️ニュースソース
https://jp.cointelegraph.com/news/russian-national-arrested-for-cyber-crime-in-bangkok-allegedly-had-82-mln-in-btc

実は、大ブームのビットコインですが、ブームの始まりは匿名性の高さからドラッグディーラーや地下取引に利用されて来たのは周知の事実ですが。
実は、匿名性がそこまで担保されてないという矛盾が出てきたようです。

仮想通貨は「アドレス」と呼ばれる口座番号みたいなのだけでやり取りするのですが、過去の取引を全て遡って調べられるけど「誰」かはわからないということですが。
実は、鈴木さんと佐藤さんが仮想通貨で取引した時にアドレスだけで取引しても、鈴木さんと佐藤さんは自分たちが何の為に誰と取引したのはお互いに分かっているケースがあります。
そうなると、おとり捜査で取引の流れに入って取引履歴の中の「一人だけ」相手が分かれば、捜査機関の力を使って一人ずつ遡っていけば分かります。
鈴木さんを捕まえてアドレスBの取引内容を吐かせれば、鈴木さんと佐藤さんの取引だと分かり、佐藤さんを捕まえてアドレスCとの取引を吐かせれば、アドレスCは吉田さんのものだと分かり…を繰り返していけばいいだけです。
他にもある解析方法で犯罪取引らしき取引履歴を炙り出せる方法もありますが、アメリカが好きそうな解析方法なので捜査の邪魔にならないようにしばらく書かないようにしておきます(・_・;
その他にも、月刊誌WILL4月号に書きましたので、良かったらご高覧くださいませ(=´∀`)

夢見る夢子、40代の抱負

 

今日、40歳になりました。

子供の頃に、母さんから叱られたことがあります。

「夢の無い子ね。夢が無いと人生は楽しくないのよ」

と。

 

その時の私は、反発しました。

夢見て現実を見なければ、いったい何になるの?って。

 

母さんにとって、生きる上で一番大事なのは夢で、レストランに来た仕事に悩むおじさんに夢を語ってあげたり、親子関係で悩んでいる私の友達に「親っていつまで経っても未熟で、貴方の人生は貴方が決めるのよ」と夢のある話をしてあげたりしてきていました。

 

19歳の時に、アトピー治療の為に2カ月間一人で病院の隣のホテルで療養生活をしていました。

 

「つまらない人生だった」

と思いました。

「面白くするために、遠慮なく夢をかなえてやる」

と思って、やってみたかったことをノートに綴りました。

 

すごく小さな夢です。

いつまでにパソコンを買う、英語を勉強する、そして外国に行く、車を運転して色んな所に行って、株式投資をして、オシャレをしたい、大学に行きたい。

 

可愛いことを書いていました。

でも、叶い始めると、もっと欲張りになるんですよね。

 

そして、いつの間にか夢見る夢子になっていました。

 

挫折の多い人生ですが、挫折する度に「実はこうやったらうまく行ったのかも?」と違うアイディアが思い浮かびます。「試すのはタダみたいなものだからやってみよう!」と思うんです。

 

そして、40歳になりました。

自分を含めて周りの人を見ると多くが現実に打ちのめされて、(´・ω・`)しょぼーんとなっているのを見ます。

 

働けばお金がもらえる。

生活はできる。

それなのに、なんだか楽しくなくて、元気がなくなってくる。

そういう時に、母さんの「夢が大事なのよ」という言葉を思い出します。

 

ここ数年考えていたやりたかったことがあります。

やりたかったことは、「夢」というほどでもないけど、やりたいこと。

 

それを40代の抱負にしようと思います。

 

◆一つは理系の大学か大学院に行くことです。

 

この七年、技術会社を経営して苦しみました。知識が足りないのを読書で補ってきましたが、もう少し体系的に勉強したいなと思うようになりました。

子供の頃、一番面白いと思った勉強は「物理」です。

私は「ウソ」が嫌いだからです。

学校は平気で嘘とでたらめを教えるので、「歴史」を学校で学ぶ価値はあまりないかもしれませんが、物理は比較的嘘が難しい世界だと思います。(歴史は独学の方がいいかも)

無論、物理の世界にも「プロパガンダ」や「政治の都合」があるので、嘘が浸透している部分もありますが、政治の都合で歪めていた世の中の真理に対して「コペ転」が起こる瞬間があるので、物理は魅力があると感じています。(※コペ転=コペルニクス的転換の略)

高校生の時、本当は理系の大学に行きたかったです。

ただ、私は具象概念には強いですが、抽象概念に弱く、物理の計算はできるのに純粋な数学の計算はできませんでした。実力テストは、国語、社会、数学の偏差値が40台、理科と英語が60台で、理系なら数学も強いはず、文系なら国語の点数もいいはずなのに、私のアンバランスな成績で行ける大学はありませんでした。

26歳から早大の政経に入りましたが、私は数学の科目を多くとりました。「いつかは、理系の大学に行くかもしれない」という夢を秘かに抱いていたからです。

 

去年から数学の勉強を始めました。

数学は複雑な現実を超簡略化して説明するための学問ですが、それでも面白いと思います。全ての数学の世界がパズルのように繋がっていて、一つ紐解けばすべてがバラバラになるそういう面白さがあります。問題は、私の脳みそが公式を覚えられない、計算の時に1/10の確率で転記間違いをして、なかなか計算が合わないということです。

一番大事なのは、数学という抽象概念をいかに視覚化するかということだと思います。

手計算が間違っても、最後はパソコンで計算するので、自分が数学どころか四則計算に弱い事は問題だとは思いません。

ベクトルの先生はいますが、高校数学や力学の家庭教師してくれる人が手を挙げてくれるのを待ってます。

 

今年、来年は無理でも、じっくり準備していきたいと思います。

仕事をしながらなので、準備、通学、卒業、まで考えて十年がかりの壮大な夢になると思います。

 

◆一つは廃炉ソリューションを作り上げること。

 

廃炉向けの開発をしていましたが、去年、NTTドコモさんの展示会で弊社のロボット遠隔操作用のソリューションが展示されました。

自分の宣伝力が足りないのか、その後、目立った動きはないのですが、いつかは現場での実験をやっていきたいです。

 

◆一つは電磁気学的なソリューションを作り上げること。

 

私は電磁波が好きです。

高校生の時に読んだ量子論の話のなかで、光と電磁波の話が一番印象的でした。

無線伝送実験を繰り返してきていますが、お客様がうちの機材を喜んで買ってくれるのが嬉しいです。

ただし、これまでの取り組みはコンピューター内のネットワークのソリューションで、以下に映像を高速で符号化してネットワークパケットにするか、輻輳崩壊を制御するか、エラーとなった符号を回復する方法はあるのかというソリューションでした。

でも、これからはアンテナを工夫して、デジタルデータをどのような波にするのかベースバンドのソリューションも考えていきたいです。

そして、人生の中で磁に対して、これまであまり注意を払ってきませんでした。

磁気ベアリングに仕えるソリューションもどんどん勉強していきたいです。

 

◆楽しいのに儲かる会社にすること

 

REVATRON株式会社を経営しています。

数人しかいない小さな会社です。

色んな苦しいこともありますが、楽しいこともあります。

能力が足りていないんだろうなと悩みつつ、ゆっくりと歩み続けています。

実験と開発を繰り返して、色んな研究所でご利用いただいています。

小ロットのカスタマイズ品から、次のステージのボリュームゾーンに乗るか乗らないか、ビジネスの世界で呼ぶ「死の谷」というフェーズにいます。

苦しい局面ですが、これを乗り越えて行きたいと思います。

 

◆人を育てる事

 

私は、自分で会社を始めるまで『部下』というものを持ったことがありませんでした。

会社を始めてから、初めて人を雇う難しさというか、人を使う難しさを味わいました。

私は空気の読めない、他人の気持ちも大して分からないKY人間で、人との接し方があまりよく分かりませんが、好きなことがあります。

それは、人を育てることです。

自信の無さそうな表情を見せていた人が、だんだん自信を持ってきて表情が輝き始めると「うちに来てもらって良かった」と思います。

無論、私は仕事に対して厳しいですし、品質も求めるので大変だと思います。

ただ、努力して自分の能力を伸ばしていきたい、自分の人生を意味のあるものにしたいという人たちに対して、報いていければと思います。

私は今までいろんな会社に勤めて、辞めてきました。

リサーチハウス時代の部長は厳しく、「全然、調べてない!お前は何も知らない!」「もっと突っ込んで書け!リスクを取って書け!」と日々怒られましたが、今の自分がいるのは彼のおかげだと思います。金融機関時代のエンジニアの先輩も「くだらない質問する前に調べろ!」と毎日怒ってくれました。

もし、私と合わなくて、辞めていったとしても、「アイツは〇×野郎だったけど、仕事はできるようになった」と思ってもらえるように努めたいと思います。

 

 そして、夢は続く・・・

 ブログに続きを書きます。

 

 

30代最後の日。ライバルだった浅田麻衣子と深田萌絵の時代にサヨナラ

おはよう、今日は三十代最後の日となりました。
節目になるかもと思って、ブログ書きます。

ずっと自分という頭が悪くて、弱虫で、泣き虫で、人前で話せない自分が嫌いでした。
十代最後の日は、「自分を辞めて、別の自分の望む人間になりたい」と思いました。

自分でお金を稼いで自立するだけでなく家族を養えるようになろうと思いました。そして、「若い」「可愛い」でもらえる仕事ではなく、勉強して、単なるジェネラリスト(広範な知識を持つ人)ではなく、ある分野ではプロフェッショナルとして仕事ができるようになろうと思いました。

いくつか夢は叶ったのでしょうか。
20代は人生に絶望しつつも、欲張って株式投資、ネット副業、英語と中国語を勉強して、ブログを始めたのが22歳です。ネットを使ってノマドな仕事を目指したのも、22歳でしょうか。
25歳で自分自身に絶望して、26歳で文筆業を目指して早大に入りました。

初めての文筆業は「株アイドル」の仕事した。
別に浅田麻衣子で良かったのですが、仕事の関係者からペンネームを使うように言われて「深田萌絵」となりました。

それはそれで、浅田麻衣子さんが嫌いだった自分自身からすると、好都合だったと思います。

まあ執筆も未熟なので仕方ないですが、顔写真を付けないと記事を読んでもらえないという情けない時代でした。

20代最後の日は、たしか、顔出ししなくても文章を読んでもらえる人間になろうと思いました。
「深田萌絵」を辞めることを決めました。

そして、30歳でOLになり、会社に隠れて、別の名前で執筆を始めましたが、連載はあっという間に打ち切られてしまいました。会社も上司と喧嘩みたいになって、辞めてしまいます。
挫折です。

31歳でまた「深田萌絵」として仕事を貰いましたが、結局、「深田萌絵」というキャラとセットでしか、自分という人間は存在しえないという敗北感です。ただ、再度「深田萌絵」としてのお仕事を貰った時は「支えてもらっていたのに気が付かない自分は未熟だったので、深田萌絵を辞めるということはやめよう」と決めました。

30代は、自分にとって「深田萌絵」がライバルだったのかもしれません。
そもそも、ちょっと漫画みたいな自分が長らく好きになれなかったのかもしれないです。

浅田麻衣子さんという地味な仕事をしている間、深田萌絵さんという派手な人格が私の本名の仕事で邪魔な存在でした。どこに行っても「元アイドル」と呼ばれて、自分はそれなりに勉強しているのに恥ずかしいと思いました。

皆、深田萌絵さんのことは、忘れてくれないかなと思ったり、自分と彼女の存在に挟まれていました。

深田萌絵じゃなくても、自分は仕事ができる。
ということを証明する意味もあって、コンピューターの会社を始めました。

そしたら、スパイにボロボロにされました。
驚きました。

世間知らずで、国内、グローバルに抱えているマニピュレートされている人たちの存在を知らなかったというか、悪い事をしたい人がそんなに多いことに驚きました。

そして、一度、会社は倒産しました。(藤井一良事件)

スパイの事件を誰に相談しても信じてもらえず、警察にも笑われ、「統合失調症」と言われました。
悩んだ末に、事件の全貌をありのままに書いて、せめて多くの人に知ってもらいたいと思いました。

そこで、また、自分は「深田萌絵」さんに助けられるわけです。
深田萌絵さんを通じて知り合った、多くの方に助けてもらいました。

浅田麻衣子さんは、深田萌絵さんの裏で会社再建の為に奔走して、倒産する前に作った借金と倒産した後に作った借金を二年で完済しました。

深田萌絵という人格が生まれて、いつしかライバルとなってしまいましたが、ようやくお互いに助け合えるようになりました。

これからは深田萌絵が嫌い、浅田麻衣子が嫌い、と、いちいち自分で思わなくてもいい10年にしたいと思っています。

自分大好き人間と思われていると思いますが、「自分嫌い」で努力してきました。

頭が悪い自分が嫌いで、毎日勉強を続けています。
身体が弱い自分が嫌いで、体調管理に勤めています。
デブでブスの自分が嫌いで、食べる物や肌荒れに気を使っています。

これからは嫌いな自分を消すためでなく、もっと好きなことができるために勉強できたらいいなと思っています。

メディアから干されていましたが、戦いの果てに今年からWillで執筆させて頂いています。
結局顔写真は付いていますが、だからといって写真が無いと読んでもらえない記事でもないと思っていて、結局これは農家と一緒で「私がこの野菜作りました」とユーザーに対して、顔出しでクォリティを保障する程度のものだという時代(年齢も!)になったと思います。(笑)

40代は、今までの「自分の嫌いな部分」との戦いはやめて、もっと気楽に楽しんでいけたらいいなと思っています。


竹聯幇の頭領、中華統一促進党の張安楽が来た!

青幇フロントヤクザ組織竹聯幇の頭領であり、台湾において「中華統一促進党」という政党の党首である張安楽の息子張が沖縄に来て「旭流会」に会っていたみたいです。

 この白い狼と呼ばれたヤクザはシャープの親会社鴻海のテリーゴウの杯兄弟で、シャープはまんまと暴力団に乗っ取られたというわけですが、最近、白狼も沖縄に来て「旭流会」となんやら相談ごとをしていたみたいです。

やっぱり、相談内容は、「琉球の中華統一促進」なんでしょうか。

ところが、最近、白い狼張安楽の活動が日本で有名になって来たみたいで、警察が総動員だったみたいですね。

中華統一促進党のスポークスマンによると、「張安楽の息子とその一同の沖縄訪問は単なる旅行で他に目的は無い」とコメントがあったようですが、だったらなんで沖縄のヤクザに会ってるの??ww
って突っ込みたくなりますね。

 

プロフィール

fukadamoe

Author:fukadamoe
深田萌絵(41歳)本名 浅田麻衣子
IT企業経営の傍ら、ITビジネスアナリストとして雑誌へ寄稿。

チップソリューション、自動車向けLidar代替ソリューション、3D認識システム、リアルタイムAIソリューション提供。
深田萌絵取材・講演依頼→moe.fukadaあっとまーくyahoo.com
開発・技術相談→infoあっとまーくrevatron.com


美術短大現代絵画科準学士、早稲田大学u政治経済学部国際政治経済学科卒。

TOEIC890、HSK5級、証券外務員一級、内部監査員、陸上特殊無線技士2級、航空特殊無線技士、マイクロソルダリング講習受講(資格未取得)。

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