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NEETよ、がんばるな!

人生で大失敗だと思ったコラムがある。


某出版社がNEETを励ますためのNEET雑誌を発行して、私も元NEET代表としてスーパーキャリアアップ法コラムを書いた。私はNEETから外資金融なので、一般的にそういってもOKだ。と思う。


張り切ってNEETにもキャリアアップの道があると啓蒙活動コラムを書いたところ、結果は惨憺たる物で、スーパーバッシングにあい、人気ランキング最下位を争うすごいコラムとなった。私は、「バッシングを受けるくらいが面白い」と思っていたけれど、そのうちNEETを励ます雑誌そのものが廃刊となった。


要因が2つ考えられます。

1.NEETなので雑誌代が無い

2.NEETは十分がんばった人が疲れてなっている可能性が否めない


1.の要因はごもっともで、同じようにマイノリティに向けて発刊された子悪魔アゲハは対象がキャバ嬢なので、財力がある。しかし、NEETは500円の雑誌を買うなら、雑誌は立ち読みして弁当を選ぶかもしれない。


2.「うつ病の人にがんばれと言ってはいけない」という定説がある。だから、励ますと「俺たちは十分にがんばったんだ!」と反感を買うだけかもしれないし、私もがんばってみたけど社会は仕事ができるとか努力以外の見えない力で動いているのでやる気をなくすのは同感だ。


20代前半は、職業欄に「無職」と書くのはイヤだった。しかし、私は以上のようなNEETからのバッシング経験を経て、「やっぱりNEETが無職を自己嫌悪しては、自己否定に繋がる。私こそ自ら無職を誇るべきだ。ビバ・ニート!」と思い直して、胸を張って無職に丸をしている。わたしは会社勤めに疲れたのだ。


そのとき、批判を受けて思ったのだけれど、多くの人間は努力は好きじゃないけど、幸せになりたいと思っている。間違いなく、私もそうだ。だから、世の中では、適当なことを描かれた耳心地の良い自己啓発本が売れるし、絶対儲かるという詐欺商品に手を出してしまうのだろう。


じゃあ、深田から新しい提案があります。


NEETとして、社会に積極的に出ずにストレスの小さいぬるい楽しい生き方を目指そう。




今日も独りよがりだ。

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金利が高いのはリスクが高い?

暇だったので。


フッと覗いたブログに「豪ドルの金利が高いのはリスクが高いからだから投資するな」とあったんですが、金利が高い=ハイリターン=ハイリスクというのもちょっと違う気がしました。


オーストラリアは不動産バブルをずーっと警戒していたので利上げ判断は仕方が無いということです。


そもそも、歴史を振り返るとデフレの歴史よりもインフレの歴史のほうが長いので、中央銀行は資産バブルに対する警戒心が強いのです。


確かにインフレが始まれば通貨の価値は下がります。ただし、このタイミングで利上げを行った背景はリーマンショック後の利下げで住宅ローン金利も下がったので、その関係で住宅バブルになりそうだという中央銀行の判断があったからです。GDPも消費を中心に伸びています。


逆を言えば金利が低いのは、リスクが無いからでしょうか?中央銀行の場合はそうではありません。国の経済が危ういときには、金利を可能な限り引き下げ、それで底を付いちゃったら、お金じゃぶじゃぶにしましょうというデフレに対するセオリーがあります。


リーマンショックの後で、それだけ住宅購入意欲が高いと言うのは、オーストラリアはファンダメンタルズ的に強い可能性が高いですね。

コミックエッセイ

美術の短大を出た。+文章も書ける。


ということで、コミックエッセイの依頼を二回受けたのですが、一回目はやっぱり絵に自信が無いのでお断りしてただのコラム、二回目はやっぱり独特の文章が面白いということでやっぱりコラム、二回ともぽしゃりました。


最近また、「やっぱり萌絵ちゃん。コミックエッセイをやろうよ、イラストが描けるなら当てがあるから」と声をかけてもらって、イラスト部分は人に振りたいなと思いつつも、今日はちょこちょこイラストを思い出していました。


漫画っぽいイラストって難しい。


上手に描けない。


ああ、でも上手に描きたいという欲求が芸術のなかで卑しい気がする。


でも、芸術とイラストってちょっと違うところがある。

人物を画くときの再現性を高めないといけないので、絵を安定させないといけない。


あー。


悶悶です!


あ!


翻訳の締め切り忘れてた!

また、あとで




人生、即、芸術②

短大に入ってから、私は愕然とした。


絵は簡単だと思っていた。


見たもの、写真を絵に起こせば、殆どの人が驚く。褒める。うちの高校で画塾に通いつめたていた7人が落ちて、5枚だけデッサンを練習した私だけが合格したので、相当うらまれた。


それが、突然「好きなものを描け。新しいものを描け」と言われて参った。


私には、好きなものも描きたいものもなんにもないのである。


真っ白なパネルを前に、「好きなものってなんだ?」とぽかんとした。仕方が無いから、親友の好きなイルカをクリスチャン・ラッセン風に描いた。そして、くだらないと思って捨てた。


この現象は、大学に入ったら将来を約束されているとお受験をがんばった高校生が、大学に入って驚くくらいのことなんかはたいしたこと無いことだとは社会人になると思うけれど、やっぱり当時の私にも事件だった。


アバンギャルドたろうと、教室の暗室で男女がいちゃついたり、石油系溶剤のさなかでタバコを吸い、自分の陰毛を写真パネルにして発表する女子など、それまで清廉潔白な真言系ミッション女子高に育った私には不潔極まりない恐怖の学校だった。


あまりの不潔なクラスメイトに嫌悪を感じて、あっという間に部室ヒキコモリになって、やっぱり読書をした。


部活は演劇部だった。


演劇はシナリオがあったけれど、脚本を直したり、シナリオを書き換えたりしていて、僅かに喜びを覚えた。


そんな学生生活でした。

※真言系ミッション女子高

 キリスト教を掲げて聖書を入学式で配る割には、その後坊主がやってきてお経を唱える、日本にありがちな中途半端な女子高を指す。


人生、即、芸術

生まれて初めての記憶は芸術じゃないだろうか。


絵を描いているか、何かを作っている自分。


何かを創造すること、創り出すことは苦手だ。


ただ、何かを再生するのが得意だった。


そっくりに作ることが得意だった。


父や母が絵を描いていた。父はメニューに描く海老や鯛が得意だった。母は、水墨画、顔色を使った桜、あけび、水芭蕉、ドイツ菖蒲、千両など季節の花々に月の満ち欠けを付け加えて金箔で美しく仕上げていた。


私は彼らの構図と色彩でそっくりなものだけを再生していた。


ただ、そんな自分の技術と芸術の関連性は見えなくて、芸術のことは小学生のうちに忘れた。


中学に入って、クラスメイトがバレー部に入ろうというので友達ほしさに入ったけれど、運動はキライだった。中学3年生で写真部と美術部を兼部したときは満足だった。


高校では、毎日2冊の本を読んでいた。絵にはあまり興味がなかった。興味があるとすれば、絵に表れる後ろの心の動向だけ。だから、心理学の本を端から端まで読んだ。将来、何をするかなんて考えていなかった。ただ、ハッキリしていたのは、曇りの無い美しい人生を送ることだけ。


高校三年生のころは、高校を卒業したらパン屋か懐石料理屋で修行しようと思っていた。だから、勉強は特にしていなかったし、勉強をしろと言われたことは一度もなかったので勉強をしようとすら思わなかった。ある日、母親に「高卒はヤメテ!」と言われて驚いた。『高卒の女』は彼女のコンプレックスだったのだ。


二十歳になったら、結婚して父の家業を継ぐことになっていたので、親友が「短大くらいは一緒がいい。一緒に芸術をやって欲しい」と泣き出した。そのとき思ったことは、「人生は長い。二十歳で結婚したら、60年は旦那と一緒なんだから、最後の二年は親友に尽くすか」そう思って、美大を受けることにした。ただし、デッサンを描き始めたのは高3の夏。試験までに5枚しか描けなかったけれど、見たものを再生するという貧困な才能に恵まれた私は無事、美大に入ることが出来たのである。


TO BE CONTINUED



「何色が好きか?」

という議論は成り立つが、

「何色が一番美しいか?」

という議論は実は成り立たない。


なぜならば、色は一色では発色できないからだ。


ただし、青色が好きだと言う人が多くて、私も私の親友も青色が好きだった。


青色といえば、ピカソの青の時代が有名だけれど、実は多くの画家が青色をメインにして絵を描く時期を経験している。私も親友も。


青色は人を癒す力があります。だから、人は青色でキャンバスを塗る。


いや、違うかな。苦しみと悲しみを抱えているとき、色は自分の目に見えてこない。物事が青色に映る。だから、その見えたものがそのままキャンバスに乗る。



21,22の頃、家庭から解放されたことと、収入も安定したこと、友達が増えたこと、恋人も居たこと、おしゃれも楽しくなってきたと言うことで、いきなり世の中にたくさん色があることに気が付きました。


「あれ?」

って感じです。


あんなに醜悪だと思っていた赤や黄色が美しいのです。


その頃、妹が、

「就職して初めて人間の暖かさを知った」

と言いました。


そのとき、そういうことかと分かりました。


私たちは、暗く冷たい家庭で育ったから、青が世界を満たしていたのかと。





家族解散を前にして

10年以上前になりますが、絵画展に向けて巨大な絵を描きました。


自分の住んでいる家から見る風景が最後に思えて、ベランダから見える風景を描きました。


私の家は当時丘の上にあって、100㌔先くらいまで見えていたと思います。


不眠症で毎日朝まで起きていたので、夜明けをよく覚えています。たくさんの家が立ち並んでいて、夜が白み、海の底にいるかと錯覚するような蒼の水槽に閉じ込められるのです。遠く、遠くにある雲と空の間からすっと光が差し込みます。家たちはまだ眠っていて、静かに佇んでいる。そんな幻想的な風景を毎朝見ました。


それを絵に描いて、品評会のときに発表すると先生が

「キレイだね~」

と感心してくれたので、ホッとして自分の絵を振り返ったときにゾッとしました。


私の描いた絵は、ほぼ全ての家の窓が描き忘れられていたのです。


まるで、最初から無かったかのように。


15歳の時に、本屋と図書館にある心理学の本を百冊以上殆ど読みつくしました。バウムテストや箱庭療法、描画テスト、心理テストの文献も読んでいたので、この絵の意味するところが予想されました。



-ああ、これが、自分の心の病理なのだ



暗い10代の終わり、描きたくも無い絵を描いた苦しみの果ての出来事。




悶々とした一日を終える

ネガティブシンキングの第一人者と呼ばれている私ですが、今日もヒキコモリな一日の終了と共にお休みなさいをします。


偶然ですが、本屋で岡本かの子という岡本太郎の母である女流作家の本をパッと開くと、出だしに明るくなれない人間はとことんまで暗くなっていないからだというニュアンスの文章が出だしにあって、驚いて本を閉じて逃げ出しました。


くっそー!!


ネガティブ・シンキング!


岡本かの子に先こされた!!(  ゚ ▽ ゚ ;)



今日は書籍原稿で悶々としてました。

書籍は真剣に書こう、正しいことを読者に伝えようと思うほど、難解な物になりかねない。。。。

編集は安易な銘柄推奨に針が触れていますが、それって私がもっとも読者に対してしたくないことです。

銘柄は第三者が推奨しているのを買えばいいやっていう意識を自分が植えつけてどないすんねんみたいなことです。


妥協点が必要なんですが、なんだか妥協もしたくなくて。どうすべきか悶々してました。

やっぱり、それでも話し合わないといけないですね。


ということで、おやすみなさい。




上野千鶴子【ザ・フェミニズム】

原稿も書かずに上野千鶴子さんの本を二冊読んでました。個人的には彼女の著作でミッドナイトコールと生き延びるための思想が好きですが、思うところがあって「ザ・フェミニズム」を読んでみました。


なぜならばというと、自分の人生が31年間通してずーっとジェンダーとの戦いかのように感じていたからです。


外資のセクハラ、パワハラは日系の比ではない。

ということを学びました。日本人のネチコイ性格に、欧米系のアグレッシブ・カルチャーが導入されて、中で働いている人が本当に悪質なオヤジ化します。


私の生い立ちは古風で横暴な男子が君臨する一族の元で育ち、祖父に茶室に呼び出されては正座して三つ指ついてお辞儀、一族のお食事に呼ばれては席が足りないと言っては女子は台所かファミレスに追いやられてご馳走にはありつけないという家庭です。口答えしたら、徹底的に殴られます。

私みたいな憎たらしい女子がそんな家庭で育ったとは思われないので驚かれますが、わが一族の元で育った女子はお茶にお花の看板にお習字の先生までできるというカリスマ主婦となってます。


結婚もずーっと、その存在やシステム自体を否定してきたくらいで、そんな自分がアッサリ結婚したときには周囲は度肝を抜かれていましたが、やっぱりバツイチになった今でもジェンダーは学んでおかなければいけないことなのだなんて気持ちで読みました。


結婚ってなんだったのかな?ってことです。


「ザ・フェミニズム」を読んでみて、結婚システムを徹底的に否定しているのがすごいなと思いました。素直に思ったのは結婚そのものを否定しても仕方ないかなというところです。


昭和の時代との違いは、実態として男女間による給料の格差はあるものの、今の問題って性差によるパワーバランスと言うよりかは、世代間の格差なんですよね。


今の20代男子を見ていても、女性を軽んじるような発言も行動も見当たらないので、そういうパワハラオヤジになるようには見えないし、家事労働だって、電化製品の進化とスーパーお惣菜コーナーの充実で殆ど苦は無い。結婚したときに思ったのは、私よりも旦那の方が家事が上手だということ。思い返すと今まで付き合った男子は殆ど私よりも料理洗濯掃除が上手だったという事実です。


フェミニズムがブームとなった80年代の頃、確かに母は結婚というシステムの犠牲者で哀れだと思ったし、女性も働かなければ、お父さんみたいな夫の犠牲になってしまう!という恐怖感を覚えました。


社会人になって蓋を開けてみると、男子はプライベートで優しいというオドロキでした。ただし、会社では徹底的に女子を苛め抜くんだなってことです。仕事をあげるから身体を要求するとか、あり得ないことばっかり言われて辟易しました。(すぐに報告してましたが)


いまは、問題が結婚よりも、むしろ雇用だなと思います。


で、会社で働いていて、たくさん売っている女性よりも、売ってない男性のほうが優遇されているのを何度も見ていると本当に嫌気がさします。


「ザ・フェミニズム」は面白いし、懐かしい議題だなと思いましたが、30代の私の感性とはちょっと違ったみたいです。もう少し、若手の作家さんのを探そうかな。


面白いのは松田聖子さんがアンチ・フェミニストというところです。でもね、なんか尊敬しますよね。女性としての人生を謳歌しているような華麗な生き方に見えますから。。。



ほっとけば死ぬかもしれないからプロポーズ

周りで結婚願望がヒストリカルハイをヒットして、現在も高値更新中の今日この頃。


フッと、女子部の間で、「もしかしたら、男子は結婚願望ないのでないか?」と疑惑が浮上してます。


若くてイケイケの男子部は、結婚願望はなさそうだけど、そうでない部の男子は結婚願望ありそうな気がするんだけどね。


私の経験では、付き合った殆どの男子は私よりも結婚願望が高かった気がします。もしかして、私のサンプリングに無意識のフィルターがかかっていて、知らない間に結婚願望男子にヒットしていたのかもしれませんけれど。


冷静なる妹の見解では、

「お姉ちゃんは、どこにいるか、何の仕事をしているのか、日本にいるのか、海外に居るのか、芸術しているのか、訳が分からない。自分のこと自分でできないから酒だけ飲んでご飯も食べない。ほっとけば死ぬかもしれない、それか、気が付けば飛んでいっていなくなりそうだから、男の人は悩んだ末に『結婚するしか安心できない』と思って結婚してって言って来るんだよ」

とありました。


確かに、自分のことが自分でできないので、過保護な人がいつの間にか彼氏になり、私は過保護パパの娘宜しく、「自分で何でも出来るからほっといて!」みたいな反抗をするゆがんだ恋愛パターンでした。


なるほど、それなら結婚は簡単だ!


「じゃあ、『ほっとけば死ぬかもしれない女』になって、プロポーズされたらいいんだよ!」


と結論。



「萌絵のボケ!」とまた女子部でボコボコにされました。

男子も女子も分かりません。。。

プロフィール

fukadamoe

Author:fukadamoe
深田萌絵(41歳)本名 浅田麻衣子
IT企業経営の傍ら、ITビジネスアナリストとして雑誌へ寄稿。

チップソリューション、自動車向けLidar代替ソリューション、3D認識システム、リアルタイムAIソリューション提供。
深田萌絵取材・講演依頼→moe.fukadaあっとまーくyahoo.com
開発・技術相談→infoあっとまーくrevatron.com


美術短大現代絵画科準学士、早稲田大学u政治経済学部国際政治経済学科卒。

TOEIC890、HSK5級、証券外務員一級、内部監査員、陸上特殊無線技士2級、航空特殊無線技士、マイクロソルダリング講習受講(資格未取得)。

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